佐藤峰研究室/Mine’s Lab

定常のコミュニティデザイン/ Stationary State Community Design

エッセイ

月と暮らす

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先月のこと。恒例の朝のウォーキングで、犬を散歩させている老婦人に久しぶりにすれ違い挨拶をした。彼女はかなり鉄壁の日焼け対策をしている。長袖長ズボン、つば広帽子にサングラスにマスクという出で立ちだからすぐわかる。姿勢も非常によく痩せ型で、連れている犬も何と無く高そうだから、意識高く美容に気をつけている人なのかなという印象を持っていた。私は半袖半ズボンにキャップという軽装なので、「いつも身軽ね」と声をかけられる。

ウォーキングの終わりに、今度は小川のほとりで同じご婦人と会った。今度は犬を連れていない。ちょっと不思議に思い声をかけてみると、「私は宗教家では無いのだけれども」、「古典的な生き方かも知れないけれど」と断った上で、水に溶けるお札を神社でもらってきて、流していたと教えてくれた。その日は新月で、新月と満月には月のパワーが大きくなるので、昔から、お札を流すと願い事が叶うと言われているらしい。

私がやっているインドの古式ヨガ(アシュタンガヨガ)も、新月と満月には「ムーンデイ」と言って伝統的には練習しないことになっている。人の体の7割以上は水分で出来ているので、満月の時は体が活発になりすぎ、新月の時には内面に意識が入りやすいので、怪我をしやすいと考えられているからだ。

そういう話を返すと、そのご婦人も、毎月1回インド出身のからヨガの先生が来て、ヨガを習っているとのことだった。体幹を鍛えているらしいが、多分70歳は超えているように見える。随分意識が高い。

そのまま話していると、坂東式の日舞のお師匠さんで、日焼けをしないようにしているのは、着物を着て日舞を踊るのに日焼けした肌ではダメなので、絶対に焼けないようにしていると教えてくれた。おお、プロフェッショナルな理由だったのかと腑に落ちた。

最後に、こういう時だからこそ、自分の感性を働かせて、毎日を大切に暮らして行きましょうね、と言いつつ別れた。きっぱりと潔い口調だった。久しぶりに、素敵な人に会ったなあ、話しかけてみるものだなあと思った。

今月の新月がもうすぐやってくる。彼女は、またお札をひっそり流すのだろうか、と気になりつつ過ごしている。

(新月の夜、娘の部屋にヤモリが出没。彼女は騒いでいたけれども、家を守ってくれる、月の使いのように思えて嬉しかった。)

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