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レビュー・紹介

母にするなら

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こんな時だから、同性の先輩たちに知恵を借りようと、先月から『精選女性随筆集(文藝春秋社)』を読んでいる。彼女たちの心の軸みたいや考え方の底にあるものを知履帯なあと思うから。まずは、川上弘美が選者のものから読み始めた。

日中はゆっくり本をと読む暇がないから、大抵就寝前に読む。眠る前に本を読むのは、確実に視力には悪い。けれども、そこで本を読む時間は、1日に巻かれてしまったネジを緩めるような大切な時間だから、プラマイゼロかプラスだと結論づける。半分ぼんやりしているような時に読むと、案外すっと入ってくる。難しかったり面倒で読み飛ばしても、そんなに罪悪感を抱かなくていいところも、なんとなく助かる。

幸田文、石井好子、沢村貞子、須賀敦子、・・・、と読み進めて来た。須賀敦子は父方の祖父の教会所有のお墓がある近くに、須賀家のお墓があるので、わざわざ関西に行った際に勝手にお墓まいりしたほど大好きな作家だ。

いうまでもなく、全員、スタイルもボイスもある。ブレがなく、素晴らしい。全くもって斯くありたい。それぞれに非常におすすめなのだけれども、母親にするのはちょっと遠慮したい方々でもある。遠い親戚くらいに止めたい。幸田文(寝坊厳禁)、須賀敦子(エスプリ必須)、沢村貞子(ザ夫婦という感じは苦手)、石井好子(彼氏を取られそう)、な感じがするからである。そういう判断軸はバカみたいなのだろうけど、エッセイには鋭い観察眼や説得力も大事だけれど、ちょっとした親近感を読者が持てるも大事だと思うのである。

そんな中で、今のところ唯一、こんな人が母親だったら楽しいだろうと思うのが、武田百合子だ。武田泰淳のパートナーだった人なので、割とシリアスな文体なのかと思って読み始めたが、全然違った。「洗練された天真爛漫」というのか、とにかくおかしい。自然に書いたように思えて、この表現以外嘘だろうと思うほど的確だ。なんで今まで読まなかったのだろうかと悔やまれる。

代表作は1977年に出版された「富士日記」。富士山の麓に立てた山荘での日記で、昭和39年から51年までにつけられたものなのに、今読んでも、みずみずしくおかしい。例えると、プールで蹴伸びをしたら、偶然条件が整って、25メートル泳ぎ切れてしまったような圧倒的な爽快感と、ちょっとした切なさが読後感にある。

野草をあれこれ試してみようとして「野菜を食べていればいいんだ」と怒られる。自衛隊の車が反対車線に飛び出してきたので怒ったら「男にバカとはなんだ」と夫に怒られ、むしゃくしゃして車を散々飛ばした後、馴染みのガソリンスタンドに飛び込み審判を仰ぐ。ゆっくりいい一日の終わりに最高の富士山と夕焼けに出会って一節踊ってみせる。どのエピソードも文章も楽しい。そして、別荘だからなのか、日記に記されているご飯も、カジュアルで圧が全然ないのがいい。夜:すいとん(茄子、ネギ、ちくわ入り)なんて書いてあると、大した料理ができていない自覚がある身としては気が楽だ。

ご本人の経歴やサイトなどを見ると相当に波乱万丈だし、やはり美人(だけど、絶対に自分が好きな服を着ている感じ)である。だから、軽々しく「こういう人が母親なら楽しい」という存在でもないのだろうけど、なんだか鬱々としがちな昨今だから、勝手に想像しながら、楽しくありがたく読んでいる。

 

(友達が誕生日にくれたお花羊羹缶。可愛くて嬉しい。)

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