先月、2018年以来ニカラグアを訪問した。この年の4月に、政府が発表した社会保障改革は、労働者や学生による大規模な抗議デモにつながり政府の暴力的な弾圧で300人以上が死亡、全国的な独裁反対運動とオルテガ大統領の退陣要求に発展、それを政府が弾圧、社会運動家を投獄し、政敵を追放し、NGOを解体し、国際協力機関も大半が撤退、外国からの年金生活者も多くが他の国に行ってしまった。現在までに5人に1人が国外に出ており、国の経済の3割が海外送金と言う状況だ。
私が訪れたのはその年の5月、まちのあちこちにバリケード、火薬のきな臭いが充満していた。90年台から知っていた貧しいけれど牧歌的なニカラグアはあっという間にどこかに行ってしまった。今も集会もデモも、政治について話すことも禁止されている。日本での報道もすべて否定的、今回の訪問は不安いっぱいだった。機内持ち込み荷物のみで完全にバックパッカーに見える格好で旅行し、イミグレでも観光であることを強調した。場合によっては入れないこともとか、根掘り葉掘り聞かれるとか、食べ物は結構取られるとか、色々と聞いていたからだ。身を固くして順番を待っていた。
しかし到着してみると、イミグレもすんなり通れ、あまり心配はいらなかった。友達が手配してくれたタクシーの運転手さんはちゃんと待っていてくれたし、いつもお世話になる友達もそのお母さんも相変わらず率直でやさしくて真っ当だった。乾季の太陽は暑く、空は青く、とうもろこし料理のあれこれは美味だった。なんなら日本にいるより健康な日々だった。ただ物価はすっかり上がり(日本と変わらないようなものも)、円安は辛いとつくづく思ったが…。こんなに情報社会なのに、手に入る情報と、実際にやってみるのと、違うのだなあと思った。もちろん私が見えていないこともたくさんあるけれど、周りの人の反応は「今の状況はもちろん大変だけど、80年代の内戦の時には徴兵制もあったから、そこと比べたらマシかもしれない」という非常に達観したものだった。
今回の訪問は科研費の調査をさせもらえるか、そうでなければ何が出来るか見極める出張旅行だった。現在は日本大使館経由でしか許可は取り付けられないが、予定されていたカリブ海側に対してはダメとのことで、それが初日だったので本当にガッカリだった。でもその分、懐かしい友達とゆっくり話すことができた。内戦時のちょっとびっくりするような話が聞けたり、昔間借りをしていたカナダ人の大家さんの図書館プロジェクトを見ることが出来たり、インディオビエホという牛肉ととうもろこしのお粥などの家庭料理の作り方を教えてもらったりしているうちに、どんどんスペイン語が回復していった。
週末には友達とビーチに出かけた。夕日が落ちるのをものすごい数の人が待っていた。どこから湧いたのかというほどの外国人が大勢。ゆっくりとビールを飲みながら、音楽に合わせて軽く踊りながら、赤ちゃんをあやしながら。わたしもそのひとりになって水平線を眺めていた。世界のいろなところで夕日が沈むのを待ってる人たちがいろいろな時間差でいるんだろうなぁと思ったらちょっぴり泣けた。
日本に戻ると1週間位で、あっという間に気持ちがキュッとする。仕事が進まなくて焦ったり、あれもこれもと焦ったり。でも本当はそんな必要はないことを、ニカラグアの人たちは教えてくれる。料理をゆっくり作って美味しく食べたり、テレビドラマを一緒に見て怒ったり笑ったり。ほっこりすることが一つでもあってその日眠りにつけたら、人生上々って言うことを教えにもらいに行っていたんだなぁと気づいた。それにしても、世界があちこちに半日でも1日でもずっと話してられる友達がいるっていうのはつくづくとっても幸せなことだ。
